「なんとなく、今月は調子がいい気がするんです」。
経営者の方とお話ししていると、こうした言葉をよく耳にします。逆に、「どうも、最近は流れが悪い」とおっしゃる方もいます。長く現場に立ってきた経営者の「感覚」には、確かに、侮れない鋭さがあります。私自身、その勘に助けられてきた場面が、いくつもあります。
けれど、その感覚だけを頼りに、大きな判断を下してしまうと、思わぬところで足をすくわれることがあります。
感覚は、判断の入り口としては優れています。ただ、出口にしてはいけない。今回は、経営における「感覚」と「事実」について、現場で見てきたことをもとに、お話ししたいと思います。
感覚は、大切な出発点です
最初にお伝えしておきたいのは、経営者の感覚を軽んじるつもりは、まったくないということです。
むしろ逆です。日々、現場で数えきれない判断を積み重ねてきた経営者の勘は、それ自体が貴重な財産です。「この取引先は、どこか危うい」「この商品は、伸びそうだ」。数字に表れる前に異変を察知する力は、長年の経験がなければ身につきません。
ただ、感覚には、一つの弱点があります。それは、他人と共有できないこと。そして、あとから検証できないことです。「なんとなく良い気がする」だけでは、社員にも、銀行にも、その根拠を説明できません。判断が当たったのか外れたのかも、振り返れない。感覚は、優れた出発点である一方で、それだけでは前に進めないのです。
「感覚」を「事実」に置き換える
では、どうすればいいのか。答えは、地味なものです。
感覚を、事実に置き換えていく。ただ、それだけです。
「今月は調子がいい気がする」。その感覚を、数字で確かめてみる。売上は本当に伸びているのか。伸びているとして、それは粗利を伴った、健全な伸びなのか。それとも、値引きで数字だけを積み上げているのか。掘り下げていくと、「調子がいい」という感覚の中身が、くっきりと見えてきます。ときには、感覚とは正反対の事実が姿を現すこともあります。
この「感覚を事実に変える」という一手間こそが、経営判断の精度を、静かに、しかし確実に高めてくれるのだと、私は思っています。
私自身、感覚だけで走っていた頃がありました
偉そうに書いていますが、私自身、感覚だけで走っていた時期があります。
起業したての頃です。営業には自信がありました。案件は動いている。手応えもある。だから、「なんとかなる」と、どこかで思っていました。けれど、経理も財務も一人で抱えていた当時、私は自社の数字を、正確につかめてはいませんでした。手応えという感覚と、資金繰りという事実の間に、大きな開きがあったのです。
結果として、私は資金繰りに苦しみました。感覚では「うまくいっている」はずなのに、現実の口座残高は、それを裏切っていく。あのときの、足元が抜けるような感覚は、今も忘れられません。感覚と事実がずれていることに、気づけていなかったのです。
この苦い経験が、私が財務を学び直す、大きなきっかけになりました。
数字は、感覚を裏切りもし、支えもする
社外CFOとして経営者の方に伴走していると、数字の役割が、二つあると感じます。
一つは、感覚が誤っているときに、それを正してくれること。もう一つは、感覚が正しいときに、それを裏づけ、自信に変えてくれることです。「この事業は伸びる」という直感が、数字によって裏打ちされたとき、経営者の判断は、迷いのない、力強いものになります。数字は、感覚を否定するためではなく、感覚を確かなものにするためにあるのです。
以前、『現状把握なき戦略は、なぜ必ず的を外すのか』という記事でも書きましたが、自社の現在地を正確に知ることは、あらゆる判断の土台になります。感覚を事実に変える作業は、まさにこの「現在地を知る」ことそのものだと言えます。
おわりに
経営に、感覚は欠かせません。長年培った勘は、これからも大切にしていくべきものです。
けれど、その感覚を、感覚のまま放っておかない。数字や事実で確かめ、確かなものへと育てていく。この一手間を惜しまない経営者こそ、大事な場面で、的を外さない判断を下せるのだと、私は感じています。
感覚を事実に変える。それは、勘を捨てることではありません。勘を、より信頼できるものにするための作業です。地味で、手間のかかる営みですが、経営判断の質は、結局のところ、ここから始まるのだと、私は信じています。
当社では、社外CFOとして財務の数字から、経営者の皆さまの「感覚」を「事実」に変え、確かな判断を下すためのお手伝いを、現場目線で行っています。自社の判断材料を、もう一段はっきりさせたいとお考えのときは、ぜひお気軽にご相談ください。