「株のことは、あとで整理すればいいと思っていました」。
創業から二年ほど経った経営者の方から、そんな言葉を聞いたことがあります。事業は順調に伸びていて、これから資金を入れたい。そういう相談の場でした。
けれど、株主名簿を見せていただいたところで、話が止まってしまいました。創業時に「仲間だから」と均等に分けた株式が、そのまま残っていたのです。すでに事業から離れた方の名前も、そこにありました。
資金繰りや売上は、悪くなっても、翌月から立て直せます。けれど、株式の持ち分は、そうはいきません。今日は、そのことについてお話ししたいと思います。
持ち分は、あとから直せない
資本政策という言葉は、少し堅く聞こえます。要は、誰が、どれだけ株を持ち、いつ、どんな条件で、誰に渡していくのか。その設計図のことです。
事業計画は、外れたら書き直せます。組織も、うまくいかなければ変えられます。ところが、いったん誰かに渡った株式は、相手が売ると言わない限り、こちらの意思では取り戻せません。
資本政策には、やり直しが利かない。
ここが、他のあらゆる経営判断と決定的に違うところだと、私は思っています。だからこそ、いちばん忙しくて、いちばん考える余裕のない創業期に、腰を据えて考えておく必要がある。皮肉な話ですが、そういうものです。
「折半」は、公平ではなく先送りである
創業メンバーが二人なら五割ずつ、三人なら三分の一ずつ。いちばん揉めない分け方に見えます。実際、その場は円満に収まります。
けれど、これは公平なのではなく、決めることを先送りしているだけの場合が、案外多いのです。
会社法の話をすると、株主総会の普通決議は過半数、定款変更や重要な組織再編にかかわる特別決議は三分の二以上が必要です。つまり、ちょうど半分ずつだと、二人の意見が割れた瞬間に、会社は何も決められなくなります。増資も、役員の交代も、事業の方向転換も、止まってしまう。
もうひとつ、私が気になるのは「離脱したときにどうするか」が決まっていないケースです。
創業期の会社は、人が入れ替わります。志を共にしたはずの人が、家庭の事情で、あるいは考え方の違いで、離れていくことは珍しくありません。そのとき、株だけがその人の手元に残る。悪意のある話ではないのです。ただ、決めていなかった、というだけの話です。
だからこそ、持ち分を決めるときは、貢献の大きさだけでなく「抜けたときにどうするか」まで、同じ場で話しておく。気まずい会話ですが、あとで訪れる気まずさに比べれば、はるかに軽いものだと思います。
誰から入れるかは、いくら入るかより重い
外部から資金を入れる段階になると、話はもう一段複雑になります。
創業期の資金調達には、いくつかの道があります。以前、『創業期の資金調達はどうする?スタートアップが使える4つの方法』という記事でも書きましたが、融資、補助金、出資では、経営に及ぼす影響がまったく違います。融資は返せば終わりますが、出資は返済がない代わりに、会社の一部を渡すことになる。
ここで見落とされがちなのが、金額よりも「相手が誰か」です。
株主は、資金の出し手であると同時に、これから何年も付き合う相手になります。事業が計画どおりに進まなかったとき、どんな態度をとる方なのか。次の増資に応じてくれるのか。そのあたりの相性は、契約書には書かれていません。
お金には、色がつく。
これは、為替仲介の世界にいた頃から、ずっと感じてきたことです。同じ金額でも、どこから、どういう経緯で入ってきたかで、その後の関係はまるで違うものになります。数字の裏側には、いつも人がいる。市場を相手にしていた頃も、結局そこを見ていた気がします。
持ち分は、覚悟の配分でもある
もう少し実務的な話をしておきます。創業期に、最低限おさえておきたい論点はこのあたりです。
- 創業者の持ち分を、意思決定できる水準で残す。少なくとも過半数、できれば三分の二を意識する
- 離脱時の株式の扱いを、株主間契約で先に決めておく。買い取りの条件と価格の考え方まで書く
- 役員・従業員への配分は、無償で渡す前にストックオプション等の設計を検討する
- 複数回の資金調達を前提に、希薄化の見通しを一度は数字にしておく
細かく見えるかもしれませんが、どれも、あとから直すのが極めて難しいものばかりです。
そして、これは制度の話であると同時に、覚悟の配分の話でもあります。誰が、この会社の最後の責任を負うのか。それを株式という形で表明するのが、資本政策なのだと、私は捉えています。
私自身、あとで気づいたことがあります
偉そうに書いていますが、私も、起業したての頃は、こうしたことを整理しきれていませんでした。
営業畑を三十年近く歩いてきて、為替、保険、ITと業界を渡り歩き、数字を読むことには慣れているつもりでいました。それでも、いざ自分の会社となると、目の前の売上と資金繰りに気を取られ、経理も財務も法務も一人でこなす日々でした。株式の設計まで頭が回らない時期が、たしかにあったのです。
あとになって、中小企業診断士の勉強をする中で、会社法や資本政策の論点を体系的に学び直しました。そのとき、正直に言えば、少しひやりとしました。何も起きなかったのは、運が良かっただけかもしれない、と。
問題が起きてからでは、選べる手が、驚くほど少なくなる。
それを、身をもって理解した気がします。
おわりに
資本政策は、売上のように毎日目に入るものではありません。むしろ、うまく設計できているときほど、何も起こらないので、意識にのぼらない。地味な仕事です。
けれど、創業期に一度きちんと向き合っておくかどうかで、三年後、五年後の選択肢の幅がまったく変わってきます。派手さはないけれど、効いてくる。そういう類の準備だと、私は思っています。
そして、これは一人で考えるには、あまりに孤独なテーマでもあります。仲間との取り分の話は、身内であるほど切り出しにくいものです。以前、『その孤独な決断、一人でしなくていい|スタートアップに伴走支援が必要な理由』という記事でも書きましたが、こういうときこそ、外の人間を挟むことに意味があります。
一人で考えていると、答えが出ないまま時間だけが過ぎていくことがあります。もしお困りのことがあれば、ぜひお気軽にご相談ください。現場目線で、一緒に考えていきたいと思っています。