自己資金はいくら必要か|創業融資で見られる「自己資金要件」の考え方

「自己資金って、結局いくらあればいいんですか」。

創業前の方から、いちばんよく聞かれる質問のひとつです。三分の一という話を聞いた、いや十分の一でいいらしい、知り合いは自己資金ゼロで通った——。情報だけは、たくさん出回っています。

けれど、金額の話をどれだけしても、この質問はなかなか解決しません。私は、そう感じています。なぜなら、金融機関が見ているのは、通帳に並んだ数字そのものではないからです。

今日は、そのことについてお話ししたいと思います。

自己資金は、金額ではなく「履歴」で見られている

創業融資の相談を受けるとき、私はまず、通帳を一緒に見せていただくようにしています。残高ではなく、その残高が、どうやってできたのかを見るためです。

毎月、給与が入るたびに、五万円、あるいは三万円が、別の口座に移されている。何年も、途切れずに。そういう通帳は、それだけで、ひとつの物語になっています。

この人は、思いつきで起業しようとしているわけではない。数年前から準備してきた。生活を切り詰めてでも、この事業をやりたいと思ってきた。通帳は、そこまで語ってしまうのです。

自己資金は、金額を証明する書類ではなく、覚悟の履歴書です。

逆に、申込みの直前に、どこからか大きな金額が一括で入っている。理由の説明がつかない。こうなると、担当者は、そこを確認せざるを得ません。いわゆる「見せ金」を警戒するからです。

これは、疑われているというより、確かめられている、という感覚に近い。誰でも通る道です。だから、隠すのではなく、説明できるようにしておくことが大事だと、私は思っています。

目安の数字は、あくまで入口にすぎない

とはいえ、目安がまったくないと不安だと思います。実務の感覚として、よく言われるのは、こういったところです。

  • 日本政策金融公庫の新規開業資金には、創業資金総額の十分の一以上という自己資金の要件が定められている(要件が緩和・撤廃される制度もあるため、必ず最新の要項を確認する)
  • ただし現場感覚として、必要資金の三分の一程度の自己資金があると、話は進めやすくなる
  • 自己資金が少ないほど、事業計画と実績で、その分を補って説明する必要が出てくる

ここで気をつけたいのは、十分の一という数字を、合格ラインだと読んでしまうことです。要件を満たしているかどうかと、貸してもらえるかどうかは、別の話です。

要は、自己資金は「足切り」ではなく「材料のひとつ」なのだと思います。

自己資金が薄くても、その業界での勤務経験が長く、取引先の見込みが具体的にある方は、通っていきます。逆に、自己資金が潤沢でも、事業の中身が説明できなければ、話は止まります。以前、『創業融資の審査に通るコツ|日本政策金融公庫を活用する方法』という記事でも書きましたが、審査は、いくつもの要素の総合点で決まっていきます。

私も、数字より前に人を見られてきた

偉そうに書いていますが、私自身、数字だけでは決まらない世界に、長くいました。

為替仲介の現場では、条件が同じなら、どこと取引しても構わないはずなのです。それでも、あの人に聞いてみよう、と声がかかる担当者がいる。値段でも、会社の看板でもなく、それまでの積み重ねで選ばれていました。

保険でも、ITでも、同じでした。提案書の中身が競合と大差ないとき、最後に効いてくるのは、それまでどう向き合ってきたか、という履歴のほうでした。

創業融資の面談も、案外、これに近いところがあります。担当者は、資料を読みながら、目の前の人を見ています。数字の裏側に、どんな時間が流れてきたのかを、確かめようとしている。

たしかに、自己資金は多いに越したことはありません。けれど、貯まるのを待つあいだにタイミングを逃すのも、もったいない話です。今ある自己資金を、どう説明するか。そこに手をかけたほうが、現実的なことは多いと感じています。

自己資金を語れる人は、資金繰りも語れる

もうひとつ、お伝えしたいことがあります。

自己資金をきちんと積み上げてきた方は、たいてい、創業後の資金繰りも崩れにくい。これは、偶然ではないと思っています。

毎月いくら残せるかを把握し、それを続けてきた人は、事業でも同じことをやります。入ってくるお金と、出ていくお金を、見ようとする。だから、危ないときに、危ないと気づける。

お金を貯める習慣は、そのまま経営の習慣になります。

反対に、自己資金の説明が曖昧な方は、創業計画の数字も、どこか曖昧になりがちです。売上の根拠が薄い。開業費の見積もりが甘い。運転資金を、三か月分しか見ていない。融資が下りても、そこから先が続かない。

だから私は、自己資金の話をするとき、必ず創業後半年から一年の資金繰りまで一緒に見ます。『起業家が陥りやすい資金繰りの失敗とその防ぎ方』でも触れましたが、創業融資は、ゴールではなく、資金繰りの出発点にすぎません。

おわりに

自己資金はいくら必要か。この問いに、万人に当てはまる答えはありません。

けれど、考える順番はあると思っています。まず、必要な資金の総額を、開業費と運転資金に分けて、丁寧に積み上げる。そのうえで、今ある自己資金がどう見えるかを整理する。足りない部分は、経験と計画で説明する。

地味な作業です。派手さもありません。でも、この順番で準備した方は、面談の場で落ち着いていられます。自分の数字を、自分の言葉で話せるからです。

自己資金は、金額の大小より、そこに至るまでの筋道が問われている。私は、そう思っています。

一人で通帳とにらめっこしていると、どうしても不安のほうが大きくなってしまうものです。もしお困りのことがあれば、ぜひお気軽にご相談ください。現場目線で、一緒に考えていきたいと思っています。

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