「分析は、もう十分やったんです。あとは、やるだけなんですが……」。
そうおっしゃったまま、なかなか次の一歩が踏み出せない。そんな経営者の方に、これまで何度も出会ってきました。課題は見えている。何をすべきかも、頭では分かっている。立派な資料も、手元にある。それなのに、行動には移らない。時間だけが、静かに過ぎていく。
分析と行動の間には、思いのほか深い溝があります。この溝を越えられずに、多くの良い分析が、机の引き出しで眠ったままになっています。
なぜ、分析は行動に変わらないのか。私は、そこに三つの構造的な理由があると感じています。今回は、その一つひとつを、現場で見てきたことをもとにお話しします。
理由その一:分析が「きれいすぎる」
一つめは、少し意外に思われるかもしれません。分析が、あまりにきれいに仕上がっていることです。
時間をかけて作り込まれた分析資料は、それ自体が一つの成果物のように見えます。図表が整い、論理が通り、眺めていると、なんだか仕事をやり遂げたような気分になる。ここに、落とし穴があります。
分析を完成させることが、目的にすり替わってしまうのです。
本来、分析は行動のための手段です。けれど、立派な資料ができあがると、それだけで満足してしまう。「良い分析ができた」という達成感が、かえって行動へのエネルギーを吸い取ってしまうことがあります。分析は、ほどほどでいい。むしろ、荒削りなくらいのほうが、次の一歩を踏み出しやすいこともあるのです。
理由その二:最初の一歩が、大きすぎる
二つめは、行動の設計の問題です。
分析から導かれた打ち手は、往々にして、大きなものになりがちです。「営業体制を抜本的に見直す」「新しい仕組みを全社に導入する」。方向性としては正しい。けれど、いざ動こうとすると、あまりに大きすぎて、どこから手をつけていいか分からない。結果、動けなくなります。
人は、大きな一歩の前では、足がすくむものです。
大切なのは、その大きな打ち手を、明日からでも踏み出せる小さな一歩に、分解することです。「営業体制の見直し」なら、まずは「今週、既存客一社に、話を聞きに行く」。それくらいまで小さくして、はじめて行動は動き出します。壮大な計画より、明日やる一つの小さなことのほうが、経営を前に進めるのだと、私は思っています。
理由その三:誰が、いつまでに、が決まっていない
三つめは、いちばん地味で、いちばん多い理由です。
「誰が」「いつまでに」やるのかが、決まっていないことです。
「これをやろう」と決めても、担当者と期限が曖昧なままだと、その決定は宙に浮きます。皆が「誰かがやるだろう」と思い、結局、誰もやらない。悪気はないのです。ただ、責任の所在と締め切りがないと、日々の忙しさの中で、その一歩は後回しにされ続けてしまう。
私自身、起業したての頃、経理も財務も法務も一人で抱えていました。あのときは「誰が」も何も、すべて自分でした。それでも、期限を切らずにいると、目の前の急ぎの仕事に追われ、大事だけれど急ぎでないことが、どんどん先送りになっていく。その怖さを、身をもって知っています。決めたことに、名前と日付を入れる。たったこれだけで、行動に移る確率は、大きく変わります。
分析と行動は、地続きにしておく
この三つに共通するのは、分析と行動が、どこかで「切れて」しまっているということです。
以前、『感覚を事実に変える。それが経営判断の出発点になる』という記事で、感覚を事実に変えることの大切さを書きました。けれど、事実をつかんだあと、それを行動につなげられなければ、せっかくの分析も宝の持ち腐れになってしまいます。
分析したら、その場で「では、誰が、いつ、何をするか」まで決めてしまう。分析と行動を、地続きにしておく。この一手間を惜しまないことが、停滞を防ぐ、いちばんの近道だと感じています。
おわりに
分析が行動に変わらないのは、意志が弱いからでも、能力が足りないからでもありません。多くの場合、そこには構造的な理由があります。分析がきれいすぎること。最初の一歩が大きすぎること。そして、誰がいつまでに、が決まっていないこと。
逆に言えば、この三つに手を打てば、行動は動き出します。分析はほどほどにし、一歩を小さく刻み、名前と日付を入れる。どれも、特別なことではありません。地味な工夫の積み重ねです。
経営を前に進めるのは、立派な分析ではなく、小さくても実際に踏み出した一歩なのだと、私は信じています。
当社では、社外CFOとして、また営業・DXの視点から、分析を「実際に動く行動」へと落とし込むところまで、経営者の皆さまに伴走しています。分析はしたけれど動き出せない、という段階でお困りのときは、ぜひお気軽にご相談ください。