「うちも、そろそろVCから調達したほうがいいんでしょうか」。
創業から一年ほど経った経営者の方から、こう聞かれることがあります。事業は動き始めている。けれど手元の資金は、決して潤沢ではない。銀行だけでは足りない気がする。そんなときに、エンジェル投資家やベンチャーキャピタルという選択肢が、ふと頭をよぎる。ごく自然なことだと思います。
ただ、私はいつも、その手前で一度立ち止まっていただくようにしています。出資というのは、お金を集める手段であると同時に、会社の形を変える決断でもあるからです。
今日は、そのことについてお話ししたいと思います。
出資は、借金の代わりではない
まず、いちばん最初に整理しておきたいのが、ここです。
融資は、返す約束をしてお金を借りること。出資は、株式を渡して、会社の一部を持ってもらうこと。当たり前のことのようですが、この違いを実感として掴めていないまま、話を進めてしまう方が、案外多いのです。
出資には、返済義務がありません。だから、資金繰りの面では楽に見えます。けれど、その代わりに渡すのは、会社の持ち分と、意思決定への発言権です。
返さなくていいお金ほど、高くつくことがあります。
もちろん、これは出資が悪いという話ではありません。急いで大きく育てるべき事業には、出資でしか届かない速度があります。要は、自分の事業がどちらの性質を持っているのか、そこを見誤らないことだと思っています。以前、『補助金・融資・出資の違いと使い分け|中小企業の資金調達戦略』という記事でも書きましたが、資金調達は「どこから借りるか」より先に、「どの性質のお金を入れるか」を決める作業です。
投資家が見ているのは、数字より先に「人」である
事業計画書の精度を上げれば通る。そう考えて、資料づくりに何週間もかける方がいます。たしかに、計画書は大事です。けれど、創業期の出資判断において、投資家が最初に見ているものは、少し違うところにあると感じています。
創業間もない会社に、確かな実績はありません。市場予測も、正直なところ、どこまで当たるか誰にも分からない。だとすれば、投資家が判断材料にできるのは、その事業に賭けている経営者本人しかないのです。
この人は、うまくいかなかったときに、どう動く人なのか。
私は長く営業の世界にいました。為替仲介の現場では、扱う金額の大きさに比べて、決め手になるのは驚くほど人間的な部分でした。数字を並べれば通るという場面は、ほとんどなかった。最後は、この人の言うことなら、という信用の積み重ねでした。出資の場も、根っこは同じだと思っています。
都合の悪い数字を、先に出せるかどうか
投資家との面談で、私が最も大事だと考えているのが、この一点です。
見込み顧客の数、想定していたより低い受注率、想定外に膨らんだコスト。こういった話は、できれば触れずにおきたくなります。けれど、経験を積んだ投資家は、必ずそこを聞いてきます。そして、聞かれてから出てくるのか、こちらから先に出したのかを、しっかり見ています。
弱点を隠した提案は、その場は通っても、後の関係を確実に痛めます。私自身、保険やITの営業をしていた頃、都合の悪い前提条件を後出しにして、お客様の信頼を損ねた経験があります。あのときの、相手の表情が少し曇る感覚は、今も覚えています。
弱みは、伝え方次第で信用に変わります。
以前、『資金繰りの弱点は、隠すより「伝え方」で信用に変える』という記事でも書きましたが、これは銀行相手でも投資家相手でも変わりません。むしろ出資は、これから何年も一緒に走る相手を選ぶ話ですから、なおのこと大事になります。
準備すべきことは、意外と地味である
では、実際に何を整えておけばよいのか。特別なことではありません。
- この事業が、誰の、どんな不便を解消するのかを、一文で言えるようにしておく
- 直近の数字を、月次でまとめておく。売上だけでなく、コストと現預金も
- 調達した資金を、いつ、何に、いくら使うのかを具体的に書き出す
- 株主構成をシンプルに保つ。創業時の名義貸しなどは、早めに整理しておく
- 投資家に会う前に、事業を率直に話せる相手と一度議論しておく
特に、最後の一つを軽く見ないでいただきたいと思います。自分の事業を他人に説明する経験を積んでいないまま本番に臨むと、聞かれ方ひとつで言葉に詰まります。話す内容ではなく、話す練習が足りていないのです。
おわりに
エンジェル投資家やVCからの出資は、創業期の強い選択肢です。けれど、それは「うまくいかない事業を助けてくれる資金」ではなく、「これから伸びる事業を、加速させる資金」です。順序を間違えると、資金を得た代わりに、経営の自由度だけを失うことになりかねません。
まずは、自社の事業がどんな形で伸びるのかを、自分の言葉で言えるようにする。数字を、月次で掴んでおく。都合の悪いことも含めて、率直に話せる状態をつくる。地味ですが、この積み重ねが、結局いちばんの近道だと、私は思っています。
一人で考えていると、自社の話は、どうしても見えにくくなるものです。もしお困りのことがあれば、ぜひお気軽にご相談ください。現場目線で、一緒に考えていきたいと思っています。