「とりあえず、相場より少し安めで出してみようと思っています」。
創業まもない経営者の方から、値決めの話になると、かなりの確率でこの言葉が出てきます。実績がない。信用もまだない。だから、価格で入り口を下げる。理屈としては、よく分かります。私自身、同じことを考えた時期がありました。
けれど、その「少し安め」が、その後何年も自社の首を絞めることがあります。しかも、じわじわと、気づかないうちに。
今日は、そのことについてお話ししたいと思います。
価格は、一度決めたら簡単には戻せない
値決めの怖いところは、下げるのは一瞬で、上げるのは何倍も時間がかかる、という非対称性にあります。
10万円で受けた仕事を、翌年から15万円にするには、理由がいります。お客様に説明し、納得してもらい、場合によっては失注も覚悟する。一方、15万円を10万円にするのは、その場の一言で終わります。
つまり、最初につけた価格は、思っている以上に長く残ります。
価格は、名刺よりも雄弁に、自社の立ち位置を語ってしまう。
安く出せば、安い相手が集まります。それ自体が悪いわけではありません。けれど、安く買ったお客様は、次も安さを期待します。値上げの話を切り出したとき、いちばん反発するのも、そのお客様です。創業期の値決めは、単なる数字合わせではなく、これから誰と付き合っていくかを決める行為なのだと、私は考えています。
原価から積み上げた価格は、利益を残さない
もうひとつ、創業期によく見かけるのが、原価に少し乗せて価格を決める、というやり方です。材料費、外注費、自分の人件費。それらを足して、2割、3割乗せる。一見すると、合理的です。
ただ、この計算には、抜け落ちやすいものがあります。
受注に至らなかった商談の時間。見積もりを作った時間。修正対応。移動時間。請求書を作る時間。そして、売上が立たない月の固定費。これらは、どの案件の原価にも計上されません。けれど、確実に発生しています。
だから、案件ごとには利益が出ているはずなのに、年間で見ると手元に何も残らない、ということが起きます。以前、『キャッシュフロー経営とは?利益が出ているのにお金がない理由』という記事でも書きましたが、数字は、見る単位を変えると景色が変わります。値決めも同じで、一案件ではなく、一年で見る必要があります。
私が実務で経営者の方と一緒にやるのは、まず、年間で残したい利益額を先に置くことです。そこから逆算して、必要な粗利総額を出し、稼働できる件数で割る。順番を逆にするだけで、「この価格では、そもそも成り立たない」という事実が、はっきり見えてきます。
値下げ要求は、価格の話ではないことが多い
営業の現場で、30年、値段の交渉をしてきました。為替の世界にいた頃は、条件がわずかに違うだけで話がひっくり返る、そういう緊張感の中にいました。保険を扱った時期も、ITの提案をしていた時期も、「もう少し安くならないか」という一言は、必ずどこかで出てきます。
そのたびに感じたのは、値下げ要求の多くは、実は価格そのものへの不満ではない、ということでした。
「高い」は、価値が分からない、という意味のことが多い。
何にお金を払うことになるのか。それを買うと、自社の何がどう変わるのか。そこが腑に落ちていないから、比較できる唯一の物差しである価格に、話が集中してしまう。逆に、価値が伝わっている相手は、値段の前に、納期や体制の話を始めます。
ですから、値下げを求められたときにまずやるべきは、価格表を睨むことではなく、自分の説明を疑うことだと思っています。以前、『機能的価値と本質的価値の違い|お客様が本当に買っているもの』という記事でも書きましたが、お客様が本当に買っているのは、機能そのものではありません。
私も、安さで取った仕事に苦しみました
偉そうに書いていますが、私自身、創業したての頃、実績がほしい一心で、かなり抑えた金額で仕事を受けたことがあります。
最初は、受注できたことが嬉しかった。けれど、進めていくうちに、想定していなかった作業が次々と出てきます。追加の相談、細かな修正。断る理由もないので、引き受ける。気づけば、時間あたりで見たら、とても割に合わない状態になっていました。
しんどかったのは、金額そのものより、その仕事に対して、自分の気持ちが少しずつ痩せていったことです。
安く受けた仕事は、自分の姿勢まで安くしてしまう。
あの経験があってから、私は、金額を提示する前に、何をどこまでやるのかを、面倒でも文字にして共有するようになりました。範囲が曖昧なまま安い価格を出すのが、いちばん危ういのだと、身をもって分かったからです。
値決めの前に、決めておくこと
実際に価格を決めるとき、私が一緒に確認するのは、案外、地味なことばかりです。
- 提供範囲:どこまでが料金内で、どこからが追加なのか
- 想定工数:見えない時間まで含めて、何時間かかるのか
- 年間の目標利益:そこから逆算して、一件いくら必要か
- 誰に売らないか:安さだけで選ぶ相手を、追わない覚悟があるか
特に最後の一つは、決めておくと、交渉の場で腰が据わります。全員に売ろうとするから、値段を下げるしかなくなる。要は、値決めとは、売り先を選ぶことでもあるのです。
おわりに
値決めは、経営者にしか決められない仕事です。誰かに正解を教えてもらえるものでもありません。
けれど、勘だけで決める必要もない。年間の数字から逆算し、提供範囲を言葉にし、自社の価値を説明できるようにしておく。地味な準備ですが、その積み重ねが、堂々と価格を伝えられる自信になっていきます。
安さで選ばれた関係は長く続きにくく、価値で選ばれた関係は、値上げにも耐えると、私は思っています。
一人で価格表とにらみ合っていると、どうしても不安な方へ、不安な方へと引っ張られていくものです。もしお困りのことがあれば、ぜひお気軽にご相談ください。現場目線で、一緒に考えていきたいと思っています。