「強みを活かして、やっていきましょう」。
会議の場で、こうした言葉が出ると、その場の空気は、いったん落ち着きます。誰も反対しません。正しいからです。強みを活かす。差別化する。選択と集中。どれも、間違いようのない、立派な言葉です。
けれど、会議が終わったあと、実際に何かが動き出すことは、意外なほど少ない。私は、そういう場面を、何度も見てきました。
正しい総論ほど、人を安心させ、そして手を止めてしまう。今日は、そのことについてお話ししたいと思います。
正しい言葉は、反論を呼ばない
「強みを活かす」という言葉に、反対する人はいません。
これは、一見すると、良いことのように思えます。全員が納得している。方向性が一致している。けれど、私は、ここに落とし穴があると感じています。
反論が出ないということは、裏を返せば、誰も「自分ごと」として引き受けていない、ということでもあるのです。
総論は、全員が賛成できます。だからこそ、全員が、どこか他人ごとになる。「強みを活かす」の「強み」が何なのか、「活かす」とは具体的に何をするのか。そこが曖昧なまま、正しさだけが宙に浮いてしまうのです。
総論が、意思決定を止める
意思決定というのは、本来、何かを選び、何かを捨てることです。
「Aをやる」と決めることは、「Bはやらない」と決めることでもあります。ここには、必ず痛みがともないます。だからこそ、決断なのです。
ところが、「強みを活かす」という総論のままだと、この痛みが発生しません。何も捨てなくていいからです。聞こえはいいけれど、実は、何も決めていない。
総論は、決めた気にさせてくれる。
ここが、いちばん怖いところだと、私は思っています。決めた気になっているから、次に進んでいる感覚がある。けれど、現場では何も変わっていない。時間だけが過ぎていくのです。
「で、具体的に何を?」を、私は問い続ける
私が経営者の方の伴走をするとき、いちばん多く口にする言葉があります。
「で、具体的には、何をしますか」。
意地悪で聞いているのではありません。総論のままでは、現場が動かないことを、身をもって知っているからです。
「強みを活かす」なら、どの強みを、どのお客様に、どういう順番で。いつまでに、誰が、何をするのか。総論を、具体の一手まで割っていく。この地味な作業なしに、意思決定は前に進みません。
以前、『「技術力がある」という言葉が、なぜ何も伝えないのか』という記事でも書きましたが、「技術力」も「強み」も、具体に落とさないかぎり、お客様にも、社員にも、そして自分自身にも、何も伝わらないのです。
私自身、総論で立ち止まってきた
偉そうに書いていますが、私自身、総論の前で何度も立ち止まってきた一人です。
起業して、経理も財務も法務も、一人でこなさざるを得なかった時期がありました。「経営を良くしよう」「資金繰りを立て直そう」。頭では、正しい方向は分かっていました。けれど、その正しさが、かえって私を動けなくさせたのです。
やるべきことが大きすぎて、どこから手をつけていいか分からない。総論は分かっているのに、最初の一歩が踏み出せない。あのときの、宙ぶらりんな感覚は、今でもよく覚えています。
結局、私を動かしたのは、「今日、この一件だけやる」という、ごく小さな具体でした。総論ではなく、目の前の一手。そこからしか、物事は動き出さなかったのです。以前、『分析が行動に変わらない、3つの構造的な理由』という記事でも書きましたが、正しさや分析が行動に変わらないのには、いくつかの構造的な理由があります。総論で立ち止まってしまうのも、その一つなのだと思います。
おわりに
「強みを活かす」、「差別化する」、「選択と集中」。
どれも、正しい言葉です。否定するつもりは、まったくありません。むしろ、大切な指針だと思っています。
けれど、正しい総論は、そのままでは、意思決定を止めてしまう。正しさに安心して、具体に落とす手間を、つい飛ばしてしまうからです。
大切なのは、総論を否定することではなく、総論を、面倒がらずに具体の一手まで割っていくこと。地味で、根気のいる作業です。でも、そこにしか、会社を前に進める道はないのだと、私は思っています。
「方向は決まっているのに、なぜか動き出せない」。もし、そんな手応えのなさを感じておられるなら、それは総論で止まっているサインかもしれません。総論を、具体の一手まで一緒に割っていく。そのお手伝いこそ、私が力になれる場面だと思っています。
意思決定が前に進まないとお困りのことがあれば、ぜひお気軽にご相談ください。現場目線で、一緒に考えていきたいと思っています。